失ったものは、とても大きかった
お金だけではなく、
これからの暮らしの安心や、
思い描いていた老後のかたち。
その多くを、あの出来事で手放すことになりました。
では――
何も残っていなかったのか。
そうではありませんでした。
振り返ってみると、
一番そばにあったものに、あらためて気づきます。
それは、妻と家族の存在です。
被害が明らかになった時、
正直に言えば、どう向き合えばいいのか分かりませんでした。
それでも、妻には
ありのままを正直に話しました。
子どもたちにも、
「詐欺被害にあってしまったこと」
そして
「これまで考えていた住まいの計画が実現できなくなったこと」
を伝えました。
本来であれば、
今住んでいるこのマンションに子ども家族が住み、
私たちは「晴耕雨読」のために購入契約をしていた家へ
移り住む予定でした。
その計画は、
あの出来事によって叶わなくなりました。
子どもからは、
「これからの生活は大丈夫か」と聞かれました。
私は、
「問題ないよ」と答えました。
本当のところは――
不安がなかったわけではありません。
それでも、そう答えるしかありませんでした。
責められても仕方がない。
そう思っていました。
しかし、妻は違いました。
強く責めることもなく、
ただ現実を受け止め、
同じ方向を向こうとしてくれました。
子どもたちも、変わらず
それぞれの生活を続けています。
もちろん、何もなかったわけではありません。
言葉にしきれない思いも、
お互いにあったと思います。
それでも――
日々の生活は続いていきます。
一緒に食事をし、
一緒に買い物に行き、
何気ない会話を交わす。
そうした時間の積み重ねが、
少しずつ、自分を現実へと引き戻してくれました。
もし一人だったら、どうなっていたのか。
今でも、時々そう考えることがあります。
おそらく、ここまで立ち直ることは
できなかったかもしれません。
大きなことをしてもらったわけではありません。
ただ、変わらずそこにいてくれたこと。
それが、どれほど大きな支えだったのか――
今になって、ようやく分かってきました。
失ったものばかりに目を向けていた頃は、
気づくことができなかったことです。
これから先も、
不安が消えることはないと思います。
それでも。
残っているものに目を向けながら、
この先の時間を過ごしていく。
それが、今の自分にできる生き方なのかもしれません。

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