カテゴリー: 体験記

  • 第10話 (前編):眠れない日々

    第10話 (前編):眠れない日々

    被害届を提出してから、
    私は何もできずにいました。

    やるべきことは、もうない。
    そう感じていました。

    結局――
    その後は何もせず、時間だけが過ぎていきました。

    いわゆる「泣き寝入り」です。

    悔しさも、不安も、後悔もある。
    それでも、どうすることもできない。

    だから私は、
    気持ちの整理を「時間」に任せるしかありませんでした。

    本当は、前を向こうとしていました。
    これ以上引きずらないように。
    日常に戻ろうとしていました。

    けれど――
    ふとした瞬間に思い出してしまうのです。

    「あの時、なぜ気づかなかったのか」
    「どうすれば防げたのか」

    考えても答えは出ないのに、
    同じ後悔が、何度も頭の中を巡る。

    そして、もう一つ。
    消えない思いがありました。

    家族に迷惑をかけてしまったこと。

    その現実が、
    何度も心に突き刺さりました。

    2024年9月頃から、異変が起きました。

    夜、眠れない。

    布団に入っても、なかなか寝付けない。
    ようやく眠れても、
    夜中に何度も目が覚めてしまう。

    頭の中では、同じことが繰り返されていました。

    「あの時、なぜ気づかなかったのか」
    「どうすれば防げたのか」

    耐えきれず、内科を受診しました。

    ただ――
    詐欺のことは話しませんでした。

    「眠れないんです」

    それだけを伝えました。

    医師は言いました。
    高齢になると、眠れない人は多いと。

    そして、睡眠導入剤を処方されました。

    薬に頼ることに、少し抵抗がありました。
    依存してしまうのではないか。

    そんな不安があったからです。

    それでも――
    眠れない夜は続いていました。

    第10話(前編)終わり
        (後編)に続く
    第11話に続く

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  • 第9話(後編)

    第9話(後編)

    被害届という現実ーそして、その後

    4回目、私は再び警察署を訪れました。

    担当の警察官から、こう言われました。

    「被害届がまとまりました」

    目の前に出された書類は、
    思っていた以上のページ数でした。

    これまで提出してきた資料、
    LINEのやり取り、振込記録――

    すべてが、ひとつの「被害」として整理されていました。


    その時、私は少しだけ思いました。

    「ここまでやったのだから、何か動くのではないか」

    しかし、その後に続いた言葉は、
    想像していたものとは違いました。

    「これで一区切りになります」

    「お金は戻らないかもしれません」


    さらに、こうも言われました。

    「ネットを使った海外の犯罪は、捜査が非常に困難です」

    「犯罪者が使うIT技術に、現場が追いついていない部分もあります」

    正直、言葉を失いました。


    被害届を出せば、
    警察が動いてくれる。

    犯人を追ってくれる。

    どこかで、そう思っていました。

    でも現実は違いました。


    被害届を出しても、
    必ず捜査されるとは限らない。

    それは警察側の判断によるものだと、
    この時、強く感じました。


    それでも――

    他に方法は思いつきませんでした。

    任せるしかなかったのです。


    その後、私は自分なりに、
    お金を取り戻す方法がないか調べました。

    その中で知ったのが、

    預金保険機構 のサイトに、
    「振り込め詐欺救済法」に基づく公告が掲載されているということでした。

    凍結された口座の情報が公開されており、
    自分が振り込んだ口座が対象になっているか確認できます。


    もし対象となっていれば、
    口座に残っている残高が、被害者に分配される仕組みです。

    「もしかしたら、少しでも戻ってくるかもしれない」

    そんな期待を持ちました。


    実際に確認してみると、
    私は16口座に振り込んでいました。

    そのうち、残高が残っていたのは5口座。

    しかし――

    その金額は、ほんのわずかなものでした。

    例えば、ある口座では残高がわずか2,000円。


    そのわずかな残高を、
    複数の被害者で分配する仕組みです。

    当然、実際に戻ってくる金額は、
    さらに少ないものになります。


    正直に言ってしまえば――

    「救済」という言葉から想像していたものとは、
    大きくかけ離れていると感じました。


    制度としては存在している。
    しかし、現実に取り戻せるお金はごくわずか。

    それが、私が実際に経験した事実です。


    それでも――

    他に方法は思いつきませんでした。

    任せるしかなかったのです。


    その時、もう一つ、印象に残っているやり取りがあります。

    警察官から、こう聞かれました。

    「この事件を公表してもよろしいですか」

    公表することで、
    同じような被害を防ぐ注意喚起につながる、とのことでした。


    私は、少し考えてから答えました。

    「公表はしないでください」

    理由はひとつです。

    同じ地域に住む家族に、
    余計な心配をかけたくなかったからです。


    子供には、詐欺被害にあったことだけは伝えていました。

    もし詳細が公表されれば、
    それが自分のことだと分かってしまう。

    そう思いました。


    結果として、
    このときは公表を控えてもらうことにしました。


    警察から、1枚の紙を渡されました。

    「連絡メモ」と書かれたものです。

    ・届出日時:令和5年7月24日 17時00分
    ・犯罪事件受理番号:令和5年395号
    ・○○警察署 刑事課

    そして、備考欄にはこう書かれていました。

    「※このメモは被害届の受理証明ではありません」


    この一文が、妙に印象に残っています。


    それから――

    警察からの連絡は、一度もありません。

    一度だけ、こちらから連絡をしました。

    しかし、状況については
    「確認できない」とのことでした。


    それ以降、
    警察との関わりは一切ありません。


    今振り返ると、
    ここで一つの区切りだったのだと思います。

    「現実を受け入れなければならない段階」


    そしてこのあと、
    私は別の形で、さらに追い詰められていきます。


    次回、第10話「眠れない夜」
    被害のあと、本当に苦しかったのは“その後”でした。


    第9話(後編)おわり
    第10話に続く

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  • 第9話(前編)

    第9話(前編)

    警察への被害届ー淡々と進む現実

    詐欺だと分かったあと、
    私は弁護士に依頼し、それとほぼ同じ時期に警察へ相談しました。

    向かったのは、地元の警察署です。

    最初に対応してくれたのは2名。
    その後は1名の担当者が継続して対応する形になりました。

    おそらく刑事の方だったと思います。
    制服ではなく、私服でした。


    最初の相談では、
    これまでの経緯を口頭で説明しました。

    正直に言うと、
    「親身に寄り添ってくれる」というよりは、
    淡々と事実を確認していく、そんな印象でした。

    そして、その中で
    ひとつ、忘れられない言葉がありました。


    「そもそも、そんな大金はどこから出てきたのか?」


    一瞬、言葉に詰まりました。

    責められているわけではない。
    ただの確認だと分かっていても、
    胸の奥に何かが刺さるような感覚がありました。


    私は特別な人間ではありません。

    転職は経験しましたが、
    恵まれた職場で、
    ただひたすら地道に働き、コツコツと貯めてきたお金でした。


    それでも、
    その金額は「普通ではない」と受け止められたのだと思います。

    ここで改めて、
    自分が失ったものの大きさを突きつけられました。


    警察からは、いくつかの指示がありました。

    ・振り込んだ口座情報の提出
    ・LINEのやり取りの提出
    ・証拠となる資料の整理

    さらに、
    「口座凍結の手続きを進める」と説明がありました。


    私はすでに弁護士に依頼していたため、
    金融機関への凍結依頼は進んでいるはずだと伝えました。

    それでも警察としても、
    別ルートで凍結依頼をかけるとのことでした。


    この時、私はまだどこかで
    「もしかしたら取り戻せるかもしれない」
    そんな淡い期待を持っていたと思います。


    しかし現実は、
    そんなに甘いものではありませんでした。


    後編では、提出した資料と警察の対応、
    そして被害届が形になっていく過程についてお話しします。

    第9話(前編)おわり
       (後編)へ続く

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  • 第8話(後半)「弁護士と二次被害」

    第8話(後半)「弁護士と二次被害」

    しばらくして、弁護士から書類が届きました。

    「委託契約書が2部」

    しかし――
    私はその契約書に署名しませんでした。
    そして、送り返すこともしませんでした。

    心のどこかで、違和感が大きくなっていたのです。

    私は決断しました。

    「解約して、返金してください」

    すると――
    しばらくして、返ってきたのは

    わずか8万円。

    50万円支払って、戻ってきたのは8万円だけでした。

    私は納得できませんでした。

    「これまでに、どんな調査をしたのか?」
    そう問いただしました。

    後日、送られてきたのは――

    たった1枚の資料。

    そこには、海外の証券会社と思われる
    ドメイン情報が記載されているだけでした。

    それを見た瞬間、私は理解しました。

    「何も調査されていない」

    あるいは――
    「調査しても意味のない内容だった」

    そして、弁護士から最後に告げられました。

    「返金はしました。今後は連絡しないでください」

    さらに――

    これまでのやり取りについては
    守秘義務を守ること

    その覚書まで取り交わされました。


    その時、私はようやく気づきました。

    最初の詐欺でお金を失い――
    助けを求めた先でも、お金を失った。

    これは「二次被害」だったのです。


    ■読者の方へ

    詐欺に遭った直後――
    人は「取り戻したい」と強く思います。

    そして、その気持ちにつけ込む存在がいます。

    ・「すぐに取り戻せる」
    ・「今すぐ動かないと間に合わない」
    ・「費用は後からでもいい」

    そう言われたときは、必ず立ち止まってください。

    ■弁護士の正体が明かされた

    依頼した弁護士は、東京弁護士会に所属していました。

    その後、私はこの弁護士について調べ続けました。

    すると――
    東京弁護士会の公式ホームページに、次のようなお知らせが掲載されているのを見つけました。

    2025年12月17日付のお知らせ

    そこには、

    「詐欺の被告人となっていた刑事事件判決の確定により、
    2025年11月21日付で弁護士法第17条第1号の規定により弁護士名簿登録取消しとなりました。」

    と記載されていました。


    この一文を読んだ瞬間、私は言葉を失いました。

    自分が依頼していた相手が、詐欺で処分されていた。

    「私は、“助けを求めた相手”にも騙されていたのです。」

    第8話(後編)終わり
    第9話に続く

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  • 第8話(前編)「弁護士と二次被害」

    第8話(前編)「弁護士と二次被害」

    「お金を返してくれ!」
    それが、私の最後の言葉でした。
    ――そして、ここからが本当の地獄の始まりでした。

    私はすぐに「お金を取り返す方法」をネットで検索しました。
    すると、驚くほど多くの情報がヒットしました。

    その中で、検索上位に表示された東京の弁護士事務所が目に入りました。

    ・返金実績多数
    ・今すぐ対応すれば取り戻せる可能性が高い
    ・スピードが重要

    そんな言葉が並んでいました。

    「ここなら助けてくれるかもしれない」

    私はすぐにLINEで問い合わせをしました。

    弁護士事務所からの電話

    すると――
    その日の夜10時頃、携帯に電話がかかってきました。

    相手は落ち着いた口調で話し始めました。

    ・自分は弁護士登録している
    ・東京弁護士会に所属している
    ・振り込んだ口座はすぐに凍結が必要

    そして、はっきりと言われました。

    「これはロマンス詐欺です」

    頭が真っ白になりました。

    私は言われるまま、振り込んだ口座情報を伝えました。
    すると――

    畳みかけてくる言葉

    「すぐに口座凍結の手続きを行います」

    そう言われました。

    私は費用を聞きました。

    返ってきたのは、想像以上の金額でした。

    「被害額が大きいので、○○○万円ほどになります」

    そんなお金は、もう残っていません。

    そう伝えると――

    「クレジットカードで決済できます」

    と言われました。

    私は正直に答えました。

    「もう、お金はほとんど残っていません…」

    すると、間髪入れずにこう言われました。

    「50万円なら大丈夫でしょう」

    さらに続けて、

    ・カード決済ができる
    ・今すぐ対応しないと手遅れになる
    ・早く口座凍結が必要

    何度も、何度も急かされました。

    その時の私は――
    正常な判断ができていませんでした。

    「これで取り戻せるなら…」

    そう思い、

    50万円の支払いを了承してしまいました。

    するとすぐに、メールで支払い手続きの案内が届きました。

    そして――

    あっという間に、50万円が決済されました。

    第8話(前編)おわり
       (後編)へ続く

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  • 第7話(後編)これが詐欺の手口か

    第7話(後編)これが詐欺の手口か

    崩壊の瞬間 ―「お金を返してくれ」

    ※本記事は実際に私が経験した投資詐欺の記録です。被害防止のために公開しています。

    もう限界でした。


    「あと少しで戻る」

    そう言われ続けて、

    どれだけのお金を支払ったのか。


    それでも、

    お金は一度も戻ってこなかった。


    そして最後に提示された、

    〇〇〇万円一般的なかんかくでは大きすぎる金額。


    ここで、ようやく

    すべてを理解しました。


    これは投資ではない。


    詐欺だ。


    私は、

    初めて止まる決断をしました。


    送ったメールは、

    短いものでした。


    「引き出しを中止します。少額にします。」


    「大口引き出しを大至急、中止する。
    他の大口決済システムは利用しない。」


    そして最後に、


    「お金を返してくれ!」


    これが、

    私の最後の言葉でした。


    しかし、

    返事はありませんでした。


    その瞬間、

    すべてが終わりました。


    取り戻せるはずだったお金は、

    もう戻ってこない。


    そう認めるしかありませんでした。


    悔しさと、

    虚しさだけが残りました。


    これが、

    私の体験の結末です。

    第7話(後編)終わり
    第8話に続く

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  • 第7話(前編)これが詐欺の手口か

    第7話(前編)これが詐欺の手口か

    崩れ始めた心 ―「信じたい気持ち」

    ※本記事は実際に私が経験した投資詐欺の記録です。被害防止のために公開しています。

    頭では、

    分かり始めていました。


    これは、

    普通ではない。


    しかし、

    気持ちは追いつきませんでした。


    ここまで支払ったお金。


    簡単に諦められる金額ではありません。


    「あと少しで戻るかもしれない」


    その思いが、

    何度も頭をよぎります。


    相手は、

    専門用語を並べて説明してきます。


    SWIFT
    マネーロンダリング対策
    国際規制


    一見すると、

    もっともらしい話に聞こえる。


    しかし、

    冷静に考えれば、

    どこかおかしい。


    それでも、

    完全には疑いきれない。


    信じたい気持ちと、

    疑う気持ち。


    その間で、

    心は揺れ続けていました。


    第7話(前編)おわり
       (後編)へ続く

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  • 第6話 後編

    第6話 後編

    違和感と疑念② ―「崩れ始める現実」

    ※本記事は実際に私が経験した投資詐欺の記録です。被害防止のために公開しています。

    違和感は、

    確信に変わり始めました。


    「すでに送金した」

    そう書かれたメールが届きます。


    金額は、

    〇〇〇万円を超える一般的な感覚では大きすぎる金額でした


    しかし、

    いくら待っても

    銀行口座に入金されることはありませんでした。


    さらに届いた連絡。


    「送金は失敗した」


    理由は、

    国際送金の問題。


    そして、

    次に提示されたのが――


    〇〇〇万円の手数料一般的な感覚では大きすぎる金額


    ここで、ようやく理解しました。


    これまでのすべてが、

    同じ構造だったことに。


    支払う
    → 終わらない
    → また請求される


    この繰り返し。


    そして気づきます。


    「これは終わらない」


    ここで止めなければ、

    本当にすべてを失う。


    そう思いながらも、

    すぐには動けませんでした。


    ここまで支払ったお金。


    取り戻したいという気持ちが、

    どうしても消えなかったからです。

    諦めるわけにはいきません。


    第6話(後編)おわり
    第7話へ続く

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  • 第6話 前編

    第6話 前編

    違和感と疑念① ―「何かがおかしい」

    ※本記事は実際に私が経験した投資詐欺の記録です。被害防止のために公開しています。

    口座の数字は増えている。

    それなのに、

    お金は引き出せない。


    最初は、

    単なる手続きの問題だと思っていました。


    「検証が必要」
    「資金の確認が必要」


    そう言われれば、

    仕方ないと思ってしまう。


    しかし、

    次第に違和感が積み重なっていきました。


    何度もお金を振り込んでいるのに、

    出金は一度もできていない。


    そのたびに、

    新しい理由が出てくる。


    そして、ある時届いたメール。


    「税金を支払う必要がある」


    金額は、

    常識では考えられない金額。


    一瞬、何が起きているのか分かりませんでした。


    税金は、

    証券会社に払うものなのか?


    なぜ、

    出金の条件になるのか?


    この頃から、

    心のどこかで感じ始めていました。


    「これは、おかしい」


    第6話(前編)おわり
       (後編)へ続く

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  • 第5話 (後編)

    第5話 (後編)

    引き返せなくなった追加投資

    追加の資金を入れる手続きは、

    これまでと同じだった。

    LINEで送られてくる指示に従い、

    振込を行う。

    それだけだった。


    今回、振り込みについては、

    証券会社の「担当者」とされる人物から、

    LINEで直接指示が来た。


    送られてきたのは、

    日本の銀行口座だった。

    しかも、

    法人名ではなく「個人名」の口座。

    口座番号と名義が、そのまま記載されていた。


    「即日での振り込みをお願いします」

    とも書かれていた。


    その時、

    一瞬だけ、違和感がよぎった。


    「証券会社なのに、個人口座なのか?」


    だが、

    それ以上深く考えることはなかった。

    これまでの流れが、

    その違和感を押し流していた。


    振り込みを終えたあと、

    私はふと、あることを思った。


    「本当に出金できるのだろうか」


    試しに、

    数十万円の出金を依頼してみた。


    すると、

    こう返ってきた。


    「高額の出金は手続きに時間がかかります」

    「少額であれば即日対応できます」


    そこで、

    数万円の出金を依頼した。


    すると、

    本当にその日のうちに、

    指定した口座へ入金があった。


    その瞬間、

    私の中の疑いは、ほとんど消えた。


    「ちゃんと出金できる」


    この事実が、

    すべてを正当化してしまった。


    今振り返れば、

    あれは「信用させるための演出」だったのだと思う。


    入金が確認されると、

    すぐに取引が始まった。

    叔父からの指示。

    それに従って操作を進める。


    結果は、

    これまでと同じだった。

    利益が出た。


    画面に表示される数字は、

    確実に増えていた。

    その事実が、

    すべての疑いを消していく。


    その頃、彼女自身も投資をしていた。

    「今日は2万ドルのプラスでした」

    そんなメッセージが、何気なく送られてくる。


    正直、驚いた。

    同時に、

    「すごいな」と思った。


    そして彼女は、こう続ける。

    「あなたは今日はどうでしたか?」


    私は、自分の結果を伝える。

    すると、

    「いいですね」
    「順調ですね」

    と返ってくる。


    そのやり取りが、

    いつの間にか日常になっていた。


    今振り返れば、

    あれは完全に“煽られていた”のだと思う。

    比較されることで、

    もっと利益を出したいと思う。

    遅れたくないと思う。


    気づかないうちに、

    私は競争の中に引き込まれていた。


    この時すでに、

    私は「投資」ではなく、

    「競争」をしていたのかもしれない。


    「やっぱり大丈夫だ」

    そう思った。

    いや、

    そう思いたかったのかもしれない。


    彼女からも連絡が来る。

    「良かったですね」

    「これで安心ですね」


    その言葉を見て、

    私は完全に信じていた。


    だが、

    この時すでに、

    状況は次の段階へ進んでいた。


    一度資金を増やしたことで、

    ハードルは大きく下がっていた。

    「もう一度くらいなら」

    そんな気持ちが、

    自然に生まれてくる。


    人は、

    一度成功体験を得ると、

    その流れを繰り返そうとする。

    それが、

    冷静な判断を鈍らせる。


    そして、

    そのタイミングを狙うように、

    さらなる提案が来る。


    「次はもっと大きく狙えます」


    この言葉が、

    決定的な一歩へとつながっていく。


    この時の私はまだ、

    自分がどこに向かっているのか、

    まったく分かっていなかった。


    だが確実に、

    引き返せない流れの中に入っていた。

    第5話(後編)おわり
    第6話へ続く

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